2010-01-01から1年間の記事一覧

新しい職場2 抜け出せない貧困

聞いてはいたが、給料は安い。基本給が10万円台である。それに様々な手当がプラスされて、税込み25万円ぐらいが平均。賞与は出ないことが多い。だから年収300万円ぐらいで、三〇代、四〇代の男たちが家族と暮らしている。 申し訳ないが、外資系でやたら高い…

新しい職場1 反・パーティション

このたび転職したのは日本の製造業である。外資系からなんでそんな会社にと言われると、確かに珍しいことだと思う。 私は外資系で個室をもらって、一日に50本ぐらいメールを書く生活を続けてきて、実は寂しくなったのである。部屋から出て、わざわざ誰かと話…

小淵沢の美術館

昨日は小淵沢で、キース・ヘリング美術館とアフリカン・アート・ミュージアムに連れて行ってもらった。 どちらも最近できたようだが、美術館としては、どちらも大きな立派な、意匠を凝らした建築であり、キース・ヘリング美術館のほうは、建築の賞ももらって…

オンライン小説「格差社会」29

原口のゲイの仲間七人に、チエミはたまに旅行に連れていってもらうようになった。銀座の店は週一日は休めたし、一週間ぐらい前に言っておけば休暇を取ることもできた(もちろん無給だ)。稼ぎが減るのはイヤだったから、チエミは一泊か、せいぜい二泊三日の…

壁塗り職人の1日

住宅の壁を塗るのが彼の仕事である。がっちりした身体に、角刈り、ペンキで汚れた作業着を着て、口べたな男だ。工務店から仕事を請け負い、現場に出かけ、日がな一日、壁を塗る。 幸いにも、二社の工務店から切れ目なく仕事が入ってきているので、仕事には困…

川村記念美術館

昨日、n2さんから教えられた川村記念美術館に、マーク・ロスコとパトリック・ニューマンを見に行ってきた。美術館の描写と作品のインパクトは、n2さんのブログ小説で語り尽くされているので、今さらなのだが、あれは「千葉にはあるまじき美術館」である。千…

オンライン小説「格差社会」28

原口のプロデュースによる写真が雑誌に掲載されたのは5月だった。埋め草としてキープされていたらしく、ようやく出番が回ってきたのだ。チエミは東中野から、店からタクシーで帰っても安い人形町に引っ越していたが、郵便局にだけ転送届を出していたので、郵…

オンライン小説「格差社会」27

チエミは反復することで鍛えられるものがあると信じていたし、くそ真面目な性格だから、その日も情報収集のための図書館通いとジムを休まなかった。しかし感情がひどく波立った日だったので、ついつい、集中できずに、佐緒里のこと、佐緒里の両親のこと、そ…

オンライン小説「格差社会」26

手回しのいいことに、母は鞄から便箋を出した。 「いい、言うとおりに書いて。『私は二度と阿部佐緒里さんに、いかなる形でも迷惑をかけません。また、佐緒里さんには決して会いませんし、いかなる手段でも連絡も取りません。もし右に違反した場合は、金100…

オンライン小説「格差社会」26

「お腹すいてない? 何時に小田原を出て来たの。東海道線が混んだでしょう」チエミはチャラチャラと調子よく喋った。客だと思えばいい。「サンドイッチでも食べようか」勝手にコーヒーとミックスサンドイッチを頼んだ。「さて、どうしてここが分かったの?」…

オンライン小説「格差社会」25

銀座に出勤しはじめて1週間経った4月のある日、東中野のアパートで、昨晩来た客へのメールを打っていると、チャイムが鳴った。このアパートにも、ろくでもない木のドアしかついていなくて、チエミは時々不安になる。店には学芸大学の佐緒里の住所を届けてい…

オンライン小説「格差社会」24

1ヶ月後、約束どおり、撮影があった。毎日地道に、同じ運動を1時間ずつ続けた成果で、チエミの身体は驚くべき変貌を遂げていた。相変わらず細くて、胸もペチャンコだが、胸と背中にしっかりと筋肉がつき、背筋が伸びたので、洋服の見栄えがするようになった…

私の職業生活5

その後予定どおりアメリカに留学し、帰国後は外資系企業に勤めたのだが、人事をやろうとは思っていなかった。当時は私は貧乏からなんとか抜け出したいと思っている、上昇志向しかない女だった。だから流行りの「マーケティング」なんかをやっていたのである…

オンライン小説「格差社会」23

そんな忙しい生活ではあったが、チエミはたいへん孤独だった。気を許せる友達も家族も恋人もいない。 考えてみれば、そんなものが居たのは、中学校までだった。家族はもともと信用していなかったが、小学校と中学校では多少は仲のいい友達がいた。しかし高校…

退職にあたり

先週末で会社を退職、6月から次の会社に行くまで、3週間ほどの「バケーション」期間となった。 退職した会社だが、かなりユニークだった。とにかく、人のワルクチを言わないで、良い所、美点を見つけるようにしている人が揃っていた。もちろん例外はある。…

ら・ふろらしおん(仮名)マダムの独白 最終回

夫の死後、10年間なんとかやってきたけど、設備が古くて全面リフォームが必要なのよ。分かってるけど、お金なんかないわ。何回も言うように、シーズン中しか客は来ないし、冬なんて悲惨よ。冬に一人旅の人なんて、かえって自殺しそうで気持ち悪いから、断る…

ら・ふろらしおん(仮名)マダムの独白7

夫が青山の店の権利を売ったお金で、安房鴨川にら・ふろらしおんをオープンしたの。バブルがはじけてすっかり日本人が落ち込んでいる時だったから、かなり安く買うことができたわ。あたしがアンティークっぽく内装して、店にあった品物を飾り付けたのよ。 従…

ら・ふろらしおん(仮名)マダムの独白6

25歳から8年間、水商売をして、銀座の端くれまでは行ったの。ちょうどバブルだったから、男どもがバカなお金の使い方をするのを、囃し立てて、もっと使わせて。一晩で100万使うなんて、けっこうあったわよ。あたしも稼いだけど、着物やエステなんかで大して…

ら・ふろらしおん(仮名)マダムの独白5

不動産屋には5年勤めて、一度別の不動産屋にスカウトされて転職したりもして、けっこう頑張っていたわ。客のウケは良かったわよ。美人だし、テキパキしているし、無理なものは無理ってはっきり言ってたし。あの頃はバブルに突入しようという時期で、五千万…

ら・ふろらしおん(仮名) マダムの独白4

その100万円は、アパートを借りたりしているうちに、なんとなく無くなってしまったんだけど、一つ良かったのは運転免許を取ったことよ。ここでまとまったお金を手にしていなければ、一生免許は取れなかったでしょうね。そして教習所に来ていた、免停を食らっ…

ら・ふろらしおん(仮名) マダムの独白3

当時の秋葉原は、今みたいなメイドカフェとオタクの街じゃなくて、普通の人が家電を買いに来る街。テレビでもエアコンでも、秋葉原で買ったものよ。そして秋葉原には喫茶店がほとんどなかったの。だから家電を見て回って疲れた人たちで、あたしが勤めたレス…

ら・ふろらしおん(仮名) マダムの独白2

産まれたのは三重と和歌山の中間ぐらい、近鉄の各駅停車しか停まらない駅から車で30分という、漁村。何もない、超、田舎。クジラ漁なんかやっていたの。今は出来なくなったけど。気候や環境としては安房鴨川に近いわね。だから懐かしくて住んでるのかも。で…

ら・ふろらしおん(仮名) マダムの独白 1

最近、うちのホテル、2階の和室は5000円台で出してるのよね。そうしないと客が入らない。なにしろ1年のうちで忙しいのは菜の花の季節だけ。あとはいつも客の入りは半分ぐらいか、3組なんて時もけっこうある。客室数は20あるから、死活問題よ。 でも、5000円…

ら・ふろらしおん(仮名) 8

その晩は、困ったのはやはり歯磨きで、しかたないから便器一つの共同トイレで磨いていたら、ガチャガチャガチャ!「開かない! 壊れてる!」と外で叫ばれた。「使ってますよ」と声をかけたら「あー、すみませーん」と声がした。 とにかくテレビを見たりして…

ら・ふろらしおん(仮名) 7

食後にはどこかのスーパーで買ってきたような小さなケーキが出て、コーヒー紅茶はセルフサービスであると言われた。見ると、コーヒーのみならず、紅茶を電熱器の上に置いている。あれは煮詰まってすごいことになっているぞ。お湯を置いてティーバッグを置い…

ら・ふろらしおん(仮名) 6

6時半から夕食で、私は1階の食堂に降りた。運動靴を履いた、小デブのウエイターが現れ 「こ、こ、こちらでございます」 と案内してくれる。思ったとおり、家族連れとカップルで満席だった。鏡張りの壁際の席である。一部にさりげなく使うのならともかく、広…

ら・ふろらしおん(仮名) 5

民宿でもこれよりはまだ近代的じゃないかという、洗面台すらない4畳半の和室に押し込められ、私は苦笑いした。ここで、私は外資系の会社のディレクターで、英語もペラペラ喋れるし、立派な学歴の持ち主なんだ、なのにこの部屋ななんだ、なんて威張ってもしか…

ら・ふろらしおん(仮名) 4

「本格フランス料理を味わえるアンティークホテル」の玄関に、スリッパが所狭しと散乱している光景は、写真に撮りたいぐらいだったが、とにかく「すみませーん」と声をかけた。 見回すと、何やら気味の悪いアンティークの人形や、古そうな品物がそこかしこに…

ら・ふろらしおん(仮名) 3

私が助手席に乗り込み、彼女がエンジンをかけると、大音量で、セリーヌ・ディオンだか何だかの絶叫型ポップスが襲った。彼女はあわてず騒がず、そのままの音量で絶叫を聞きながら、車をスタートさせた。 帰り道が退屈だから私を誘ったのだろうと思っていたの…

ら・ふろらしおん(仮名) 2

多くの田舎の駅がそうであるように、安房鴨川の駅前にも何もなかったが、運良く巨大なジャスコが目に入ったので、最悪が予測されるホテルに行く前に腹ごしらえをしようと考えた。「ワンカップ大関」の隣では食事をする気にならなかったのだ。しかし空腹では…