オンライン小説「格差社会」29

原口のゲイの仲間七人に、チエミはたまに旅行に連れていってもらうようになった。銀座の店は週一日は休めたし、一週間ぐらい前に言っておけば休暇を取ることもできた(もちろん無給だ)。稼ぎが減るのはイヤだったから、チエミは一泊か、せいぜい二泊三日の旅行にしか参加しなかったが、それでも二年ぐらいのあいだに、国内の温泉やソウルや上海に行くことができた。
チエミという存在は、なぜかゲイ仲間にウケがよかったが、それはまずチエミが方向感覚がよくて、旅行の段取りもできるからだった。このグループには、そういう存在が欠けていたのだ。そのためにお笑いぐさになるようなエピソードが数多く生まれていたのだが、チエミが入ることによって、適度な秩序と効率が持ち込まれ、そのほうが快適だということで全員の意見が一致したのだった。「ちょっとぉ、エリカちゃん、次どこ行くの」「エリカちゃん、明日は冷麺食べてマッサージに行きたいのよ、どうしたらいい?」という感じで、彼らはチエミに頼った。
そしてチエミは三〇代後半の彼らよりずっと若く、ものを知らず、なんでも吸収したいという意欲を持っていたので、彼らとしてはチエミに親切に教えてやろうという気になったらしかった。その親切なアドバイスも、非常にパワフルでどぎついものだから、チエミはたびたび反応に困ったものだが。
この七人の構成は、原口のように外見が男という者が四名、女装しているのが一名、女性への性転換手術をしたのが二名である。それぞれパートナーは別にいて、このグループ内での恋愛はない。外見が男の者は普通の仕事につき、女装組はだいたいゲイバーで働いている。
原口はチエミのことを「女だけどさ、まだ女じゃないから、仲間に入れてやってよ」と紹介した。
最初に行ったのは熱海の巨大温泉ホテルだ。熱海は特に見るべきものはないが、温泉ホテルにはボウリング場、カラオケ、ゲームセンターが揃い、浴衣ですべて楽しめるようになっていた。館内で大乱痴気騒ぎができるというわけだ。平日のすいている時期を選んだが、それでもボウリング場などでおばちゃんの一団と一緒になり、白い眼で見られかけると、ゲイバーでのサービス精神で彼女たちを楽しませて、味方につけてしまった。「あらあー、一度オカマちゃんと仲良くなりたかったのよう」とおばちゃんたちは叫んだ。
チエミの疑問は大浴場で男湯と女湯にどうやって分かれるのかだったが、それは男性器のあるなしで決めていた。
「公許良俗には従うのよぉ」と女装の一人はメイクを落として男に戻り、男湯に向かっていった。ふと気づくと、チエミは元は男だった三人と、一緒の風呂に入らないといけなかった。
「気にすることないわ、あんたみたいなペチャパイ、見たってしょうがないし」野太い声で男→女である、ミカが言う。「あたしたち、男にしか興味ないし」
しかしこの男→女たちは、チエミよりずっと色気があった。ミカのむっちりとした肉づき、服を脱ぐ時や身体を洗う時の女らしく思わせぶりなしぐさに、チエミは見とれた。するとミカはチエミを見て
「あんたも色気のない子ねええー!」と叫んだ。「ほとんどオボコでしょう? 裸を見れば分かるわあ」
「はあ、まあ」チエミはタジタジになった。
「それじゃモテないでしょうねえ」
「すいません」
「好きな人いないの?」
「いません」
「だめよう。恋をしなさい、恋を」
「好きになれる人がいないんです」
「そんなぁ。男と女は、ていうか男と男もそうだけどさ、一緒にいたらセックスするようにできてるのよ。ねえ、人格が立派だとか、お金があるとか、そんな理由で人を好きになったり、セックスするんじゃないのよ。なんか、どんなにいい加減でどうしようもない奴でも、全的にこの人を、受け入れたい。そして自分も受け入れてもらいたい。そういう気持ちになるのよ、それが恋よ!!」ミカは大声をあげた。大浴場には彼ら以外に客はなかったので、チエミは本当に良かったと思いつつ、湯に肩までつかって、真っ赤になっていた。この程度の会話は店でアルコールが入っている時はしているが、白昼、素っ裸で、もとは異性だった人間と交わすのは、恥ずかしい。
「ちょっと、ぐちゃぐちゃになるぐらい、一回やってみなさいよ。一回といわず、一晩五回とか? 朝だか昼だか夜だか分からないくらいさあ」
「……」チエミは返す言葉もない。店だったら「あたし、でっきなーい」とか、「やっだー、いやらしー」とか返せるのだが、バリバリのゲイにそんなごまかしをしても意味がない。
「ぐちゃぐちゃになってみたら、綺麗になるわよお」言いながらミカは色っぽい動作で湯船を出て行った。