2010-01-01から1年間の記事一覧

怖い会社

社長がいい話を聞かせてやるとばかりに言っていたことだが、彼の前の会社で、余命幾許もない重役が、死の直前まで陣頭指揮をとっていたという。痩せこけた鬼気せまる形相で出社する姿に、全社員が畏敬の念を抱いたそうである。 感じ方というのは人それぞれで…

千葉でバーネット・ニューマンを観る

川村記念美術館が千葉にある素敵な美術館であることは、前にも書いたが、今回ここで日本初だとかいうバーネット・ニューマン展が行われるというので、再度、訪れた。 美術館は、小田原のご近所である箱根にもたくさんあるのだが、まず一回行けばごちそうさま…

オンライン小説「格差社会」46

銀行のATMで五十万円が振り込まれたのを確認して、冬の街に出たとき、チエミは一生で一番というぐらいの寂寥感に襲われ、思わず座り込みたくなった。目を伏せてとぼとぼ歩きながら、涙が出るのを止めることができなかった。ずっと一人で生きてきたが、一人で…

オンライン小説「格差社会」45

五十万円という金額は、篠崎とつきあっているうちに、チエミがこの金額なら篠崎は出せると踏んだ金額だった。百万円といえば、篠崎は無理だと言って突っぱねるだろうし、三十万円とか四十万円では、チエミの気持ちはおさまらない。 「なんで手切れ金が要るの…

オンライン小説「格差社会」44

生まれて初めて好きになった男が、自分に友情以上のものは抱かないというので、チエミとしてはドロドロした感情は隠すしかなかった。二人のつきあいは、スポーティーで明るいものになった。会えば喫茶店に行き、一緒に買い物もした。夜まで一緒にいる時はセ…

オンライン小説「格差社会」43

日曜日の昼からチエミは篠崎とベッドにいた。チエミは健康な十九歳の女性だったので、ひとたび性の欲望に火がつくと、きわめて自然にそれを貪った。終わるとシャワーを浴びたり、ワインを飲んだり、軽く食事したりして、またベッドに戻っていった。そんなこ…

オンライン小説「格差社会」42

チエミはスポーツクラブで毎日篠崎と顔を合わせた。今は時間を合わせて会っていて、終わるとスターバックスでコーヒーを飲んだ。次の日曜日に自分はどうするのだろう。篠崎は何も誘ってこないから、会うつもりがないのだろうか。そんなことを考えて不安にな…

オンライン小説「格差社会」41

チエミは自分の心が制御不可能になってしまい、一目散に篠崎に向かっていくのを、手のくだしようもなく観察していた。客観的に冷笑する目だけはなくすまいと思って、必死で例の日記ノートを書いていたが、それもどうしようもなく篠崎の美化と思慕で終わって…

スケッチ−ある高卒男子

彼の親は小さな建築会社を経営していた。彼が中学生の頃までは裕福な暮らしをしていたが、高校に入学する頃に、景気のせいと父親の体調がすぐれなかったせいで、大口の取引先を失った。わずかばかり収入があっても、材料費と事務所の維持に消えてしまう状態…

ジミー・ペイジIt might get loudとSwinging London

埼玉県立近代美術館という、北浦和駅のすぐそばの公園の中にある、なかなか素敵な美術館で、ジミー・ペイジのステージ衣装の展示が行われている。正確に言えば、『Swinging London』という、1950-70年代のロンドンを中心とするファッション、ライフスタイル…

オンライン小説「格差社会」40

人形町の商店街や、人気のない住宅街を散歩しながら、篠崎との会話がずいぶん親密なものになっていることに、チエミは驚いた。キス一つで、軽々と敷居を乗り越えてしまうものなのだ。自分が店でしている会話の上っ面なことが改めて分かり、だから収入が頭打…

オンライン小説「格差社会」39

翌日からチエミの心に著しい変化が現れた。一言で言えば、ピンクっぽい空気が彼女を取り囲んで、チエミを幸福感と期待感でいっぱいにしたのである。 今まで親にも友達にも愛された記憶がなく、自分は愛される存在ではないとも感じてきた。生意気なだけで容姿…

オンライン小説「格差社会」38

チエミは男の一人暮らしのマンションに行ったら、たぶん寝ることになるだろうし、女のほうも、その覚悟で行くものだろうと思っていた。チエミの同級生たちだと、子犬か何かのように、男女で雑魚寝しても、何も起きないという、中性的なのか、性的不全なのか…

今日このごろ

1ヶ月近く、更新しなかった。実は転職先の会社で、あまりのことに呆れ返っていて、言葉もなかったというところである。しかし、一度言葉を失くしてしまうと、取り戻すのは難しい。だから、出来るかぎり、書くことにする。転職するに当たって、周囲からは止め…

オンライン小説「格差社会」37

篠崎のマンションは本で文字どおり埋め尽くされていた。それもよく見ると1LDKの壁面全部に積まれているのは赤いビールケースで、その一つ一つの中に本がぎっしり詰まっているのだった。あまりに数が多いので、どんな本なのか見る気にもならないが、ほとんど…

真面目でも食えない

「真面目に、一生懸命やっているのに、食えない」という人に、最近よく出会う。毎日始業時間より1時間も早く出勤し、真面目に働き、3時間ぐらいは残業して、夜遅く家に帰る。そういう生活を何年も続けてきた。性格も悪くはない。なのに、ある日、リストラさ…

顔と知名度と根性

参議院選挙で谷亮子が早々に当選を決めたのには驚いた。なんだかんだいって、有名な人、知ってる人を選ぶんだなということである。政治と柔道と母親業を全部やりますと言った時点で、無理に決まってるとは誰もが思うことだろうに。谷亮子にだけ一日30時間ぐ…

選択的夫婦別姓を待ち望む

私はずっと夫婦別姓が実現すればいいと思っている。それは別に女権がどうのという話ではなく、結婚・離婚のたびに、免許証から銀行から、氏名変更に出向かなくてはならないという煩雑さと、会社にも離婚したことが分かってしまう(離婚した男のほうはばれな…

苦痛から立ち上がれ

わが社の若者たちはずいぶん恵まれない環境にある。沖縄や東北の僻地で育ち、典型的な例は、親は真面目な人間なのに仕事がなく、四人も兄弟がいて、誰一人仕事がない。東京の会社に採用されると、わずかばかりの給料を、親と兄弟に仕送りする。仕事は苛酷で…

オンライン小説「格差社会」36

日曜日に篠崎のマンションですき焼きをしようということになり、ジムを終えたあと、二人でスーパーに買い物に行った。篠崎は料理もするらしく、迷わず必要な食材を買っていく。 チエミがいつも客に奢ってもらうのは、焼き肉か寿司で、すき焼きというものは実…

いまさらですが、デヴィッド・ボウイ

本当に今更なのだが、デヴィッド・ボウイの若いころの写真を発見して、惚れ直してしまったていうか、見ながら「うおー、たまんないな」と、まるっきり中年ドスケベオヤジのような反応をしてしまったのである。なんだかなー。歳はとりたくない。 とにかくこの…

オンライン小説「格差社会」35

「なぜ、そう思うんですか?」チエミは聞いた。 「だって、毎日毎日、休まずにジムで同じ運動をしているでしょ。決して暇つぶしでは出来ないことだよ。そして、軌道から外れるのは恐いと言う。それは藤巻さんが、必死で軌道を外れないようにしているからでし…

オンライン小説「格差社会」34

近くのスターバックスで篠崎を目の前にしたとき、チエミが感じたのは、静かだなということだった。店の客とか、マネージャーとか、たいていの男からは、権力欲や、プライドや、何かへの渇望(たいていは金とセックス)、あるいは屈折した感情、妬みとか自暴…

オンライン小説「格差社会」33

その後、篠崎とはジムやプールで会い、軽く雑談するようになった。 「自転車を漕いできたから暑い」ジムに入ってくる早々、汗を拭きながら篠崎が言う。 「いつも自転車ですか」 「そうだね、だいたい。信号の手前の坂、あれがきついな」 「そうですね、あそ…

オンライン小説「格差社会」32

良かったのは、男がいきなり会話に入らず、3日間は「こんにちは」プラス笑顔のやりとりだけで終わったことだ。ガッついた男は、ただでさえスケベな男に飽き飽きしているチエミには拒否反応しか呼び起こさなかっただろう。 そして4日目に男が言ったのも、ごく…

オンライン小説「格差社会」31

チエミは毎日フィットネスクラブに通い、同じ運動を行っていた。5種類のマシンによる筋肉トレーニングが30分、ランニングマシンが30分で、合計1時間。強度は徐々に上げていったが、半年間、そのメニューは一切変えなかった。エアロビクスなどのクラスにも出…

オンライン小説「格差社会」30

水商売を始めてから1年経ち、収入は100万円前後で安定していたが、それは常に研究しつづけ多大な労力をかけている話術と、それぞれの客に対して綿密に考えられた作戦、高価なメイク、斬新なファッションの賜物で、決してチエミが女として魅力があるからでは…

裁判所で名前を変更する

かねがね自分の名前はあまり好きではなく、かといって、憎むほどでもなかったが、その程度の薄弱な理由でも、数年通称を使用した実績があれば、戸籍上の名前も変更できるというのは、意外に知られていないかもしれない。 私の場合だが、なぜ名前を変えたいと…

新しい職場3 生きていたくないかもしれない

私は母の仕事の都合で黒板屋の工場に住み込んだことがあって、言っては悪いが底辺の生活みたいなものも見た。なにしろ黒板を作っている労働者は、性欲と物欲と酒だけで生きているようなもので、仕事は極めて適当、すぐ同僚と喧嘩するし、遅れる、サボる、辞…

『孤高の刑事 ジョージ・ジェントリー』

AXNミステリーで『孤高の刑事ジョージ・ジェントリー』というドラマを放送していて、計8回を見た。1960年代のイギリスの地方警察が舞台で、ベテラン警部ジョージ・ジェントリーと、若手ジョン・バッカスが登場する。 イギリスのミステリー・ドラマは質が高い…