オンライン小説「格差社会」27

チエミは反復することで鍛えられるものがあると信じていたし、くそ真面目な性格だから、その日も情報収集のための図書館通いとジムを休まなかった。しかし感情がひどく波立った日だったので、ついつい、集中できずに、佐緒里のこと、佐緒里の両親のこと、そして母のことを考えていた。
自分の身を守ることに汲々として、世の中がどんなにひどいか、チエミがなぜそういう行動をとったのか、など考えようともしない佐緒里の両親のことは、反吐が出る、と思った。死ね、と言いたかった。あいつらを絶対に見返してやる。ヤクザの友達がいたら、佐緒里を強姦させてやりたい。
しかし、とランニングマシンの上でチエミは考えた。自分が佐緒里とその両親への憎しみに燃えていたら、結局、損をするだけだ。憎しみはまず自分を焼き尽くすものだ、と何かの本で読んで、納得したことがあった。だから彼女はできるだけ、脳天気なクラスメイトのことも、不甲斐ない自分の両親のことも、憎むよりは無視するように心がけてきた。
母のことを考えると、チエミは混乱した。なんて情けない人間なんだと、バカにし続けてきた。お茶の水女子大を出たのに、どうしてあんな男から自由になろうとしないのか。うつ病は治ったと言っていたではないか。なぜ人生を他人事みたいに投げ捨ててしまうのか、理解できなかった。しかし、まるっきり、どうでもよかったわけではなかったのかもしれない。チエミに対して少しは、親らしい感情もあったのだろうか。
でも、やっぱり間違ってる、とチエミは思った。なぜもっと人生を闘い取ろうとしないのだ。チエミは厳しい境遇から這い上がろうとしているので、誰に対しても厳しい見方をした。私だったら、絶対にあんな男に食事を出したり洗濯してやったり、それによって養われるようなことにはならない。
しかしチエミの母に対する見方の中に、一割ぐらい、「私は母をよく分かっていなかった」という思いが残った。
翌日、チエミは母宛に、現金封筒で一万円を送った。「ファミレスと交通費」とだけメモをつけた。