ら・ふろらしおん(仮名) 4

「本格フランス料理を味わえるアンティークホテル」の玄関に、スリッパが所狭しと散乱している光景は、写真に撮りたいぐらいだったが、とにかく「すみませーん」と声をかけた。
見回すと、何やら気味の悪いアンティークの人形や、古そうな品物がそこかしこに飾られているが、造りは普通の日本家屋並みの、天井の低い、狭苦しい建物である。玄関の正面の、2階への階段下のスペースを活用したような場所に、小さなフロントデスクがあり、その左手は食堂、右手にも通路がのびている。
いやに気取った「はい」という返事がして、マダムが奥から現れた。凝ったシニヨンに結った髪型、黒いワンピースに白のシンプルなエプロンという服装は、いかにもフランスのプチホテルのマダムみたいだが、散乱したスリッパを直して私の前に揃える気はまったくないらしく、立ったまま低音で「いらっしゃいませ」と言った。
宿帳に記入し、もちろん荷物を持ってくれるつもりはない彼女について、階段を上がった。カーペットが敷かれてはいるが、急で狭い階段である。
階段を上がった正面が私に割り当てられた部屋だった。4畳半の和室。民宿だ。かろうじてテレビと冷蔵庫がある。
「トイレは共同です。冷蔵庫は電源を切ってありますから、使う時は入れてください」マダムは事務的に説明した。
ここで、インターネットはつながるのかなんて質問はするだけムダとは思ったが、思わず私は聞いた。
「布団は自分で敷くんですか」
「はいそうです」マダムはこともなげに答えた。
それから大浴場の場所だけ説明すると、マダムは忙しそうに出て行った。
押し入れをチェックしたが、ねまきはなかった。かわりに「虫がもし出ましたらこの殺虫剤をお使いください」と書かれたフマキラーが出て来た。