オンライン小説「格差社会」28

原口のプロデュースによる写真が雑誌に掲載されたのは5月だった。埋め草としてキープされていたらしく、ようやく出番が回ってきたのだ。チエミは東中野から、店からタクシーで帰っても安い人形町に引っ越していたが、郵便局にだけ転送届を出していたので、郵送されてきた掲載誌を受け取ることができた。
すぐに掲載されなかった意味をチエミはすぐに悟った。魅力が足りないのだ。そこに写っていたのは、失望や絶望から、あらゆるものへの拒絶、不信、そして征服への野心に至った、とげとげしく攻撃的な表情だった。美しく飾ってはいたし、若干の優美さもあったが、基本的にはパンクロッカーだなとチエミは苦笑した。メイクもカメラも、それを充分に意識して、ことさら強調したふしがあった。ふだんは、優しげな言葉や行動で飾るので、あまり表出しないものが、出たわけだ。ついたコピーも「攻撃的な、ひたすら攻撃的な」というものだった。
もう少し違うものにならなければ、水商売で大成しないのではないか。色気だか、小悪魔性だか、わけのわからない、ぐちゃぐちゃした、「女」の部分が加わらないと、面白くないはずだ。チエミは健康で、頭がよく、野心に満ちて、根性があり、よく勉強し、美しく着飾っている。でもそれだけでは、男は満足しないだろう。
「ああー、やっぱりそれか」チエミは呟いた。「イヤだなあ」
ぐちゃぐちゃしたものは嫌いだ。数で割りきれないとか、きちんと計画できないとか、そういうものは、扱いにくい。困るのだ。
携帯電話が鳴った。原口だった。
「ありがとうございます。綺麗だけど、でもちょっと、がっかりだわ」チエミは正直に伝えた。
「エリカさん、いま銀座にいるんだって?」原口には携帯メールで店を移ったことを知らせていた。「銀座じゃあ、大変でしょ」
「そうね、女おんなしたのが、いっぱいいるからね。困ったなあ」
銀座に来てから、女の「化け物性」みたいなものをプンプンさせた女が多いとチエミは感じていた。渋谷にも新宿にもいたけれども、かなり素人くさい女で通用している街ではあった。銀座の女は、普通ではない。計り知れない、いやらしさを漂わせて、変幻自在だ。美しく飾った妖怪だ。ああいうのを玄人と言うわけだ、とチエミは改めて納得していた。
「しょうがないよ。エリカさん、まだ若いし。いろんな経験してないんだから」
「その、経験しなきゃっていうのがイヤだなあ。わけのわからない密林に飛び込むようなものじゃない? 危険だよね」
「でも用心しつつ、飛び込むしかない」
「そう、用心しつつ、飛び込むしかない」チエミは繰り返した。
「とりあえず、僕らと温泉でも行こうよ」突然、原口が誘った。「ゲイの一団と温泉ツアー。楽しいぜ。そういう楽しみも知らないとさ」
小田原に住んでいたのに、ごく小さい頃一度、両親に箱根に連れて行ってもらって以来、温泉には行ったことがない。まして、友達同士で旅行という思い出もない。
「はあー。それくらいなら、危険はないよね」チエミは笑った。「まずそこから始めてみるかなあ」