ら・ふろらしおん(仮名) 6

6時半から夕食で、私は1階の食堂に降りた。運動靴を履いた、小デブのウエイターが現れ
「こ、こ、こちらでございます」
と案内してくれる。思ったとおり、家族連れとカップルで満席だった。鏡張りの壁際の席である。一部にさりげなく使うのならともかく、広く見せようと一面に鏡を張ってしまうセンスの悪さが気に入らない。
「お、おの、お飲み物はいかがなさいますか」
ここで飲んだくれる気はさらさらないが、とても素面では過ごせないので、グラスで白ワインを注文した。赤よりは外れないだろうと思ったのだが、冷えすぎだったし、なんだか埃っぽい味がした。
言っておくけど、私は決して食べ物にうるさいほうではない。昼にコンビニのお握り、夜にサッポロ一番塩ラーメンで、1週間続いても、平気である。ただ美味しいものを食べに行く機会もあるわけだし、東京では本当に、まずい店が少なくなった。だから美味しいもののバラエティーよりは、まずいもののバラエティーが少なくなる。そんなわけで、まずいものに当たると、けっこうびっくりする。
次に小デブ君がオードブルを運んできた。冷蔵庫から出して、しばらく置いてあったとしか思えない、中途半端なぬるさで、少し乾いていた。盛りつけだけはカルパッチョ風に気取っていたが(まるでここのマダムみたいに)、ドレッシングはなんとも形容しようのない味がした。しかも量が多い。まずいものを大量に出されるほど困ったことはない。
後ろの家族連れが話す声がした。
「このお皿、きれいだね」
「ほんと、変わってるね。一人一人、違うお皿なんだね」
私の前に出ているのは、どう見ても中国風の絵皿で、これもアンティークといえばそうだが、フランス料理に使うものとは思えない。周りを見回すと、やはり中国風だったり、和風だったり、古ければいいのかという感じでバラバラである。うーむ、これに感心するか。
次の料理が出てくるまで、本を読みながら待っていると、小デブ君が「金目鯛でございます」と、うやうやしく皿を置いた。どう見ても金目鯛の煮付けが、輪切りの大根の上に載っている。フランス料理じゃなかったんだっけ、と思いつつナイフとフォークで食べてみると、醤油の味がめちゃくちゃに濃い。もしかしたら砂糖とミリンを入れないで、醤油と塩で煮たんじゃないかと思うような味である。しかも大根はほとんど煮えていなくて、固い。
私は別にまずいものを無理して食べなくてもいいと思って、この金目鯛をおおかた残した。
次の鶏肉の料理は、何がしたいのかよく分からないが、とりあえず半分は食べられた。これに、「ライス」がついてきた。
しかし周囲は静かにおとなしく、料理を完食していた。せっかくの旅行なんだ、春休みに高いお金を払って、家族が揃って無理して、都合をつけて来ているんだ、共同トイレだろうと何だろうと、文句を言ってはいけない。そういう切なくも、いじらしい客の気持ちにつけこんで、この「ら・ふろらしおん」は、ろくでもないサービスとろくでもない料理で良しとしているのである。そしてたぶん、こういうホテルは全国に腐るほどあるのだ。
もっと言えば、ろくでもない施設は、ある程度はしかたがない。改修する金がないのだろう。しかし古くてろくでもない施設でも、心遣いや行き届いたサービスを心がけて、感じのいいホテルにすることは出来る。私はそういうホテルをいくつか知っている。