オンライン小説「格差社会」24

1ヶ月後、約束どおり、撮影があった。毎日地道に、同じ運動を1時間ずつ続けた成果で、チエミの身体は驚くべき変貌を遂げていた。相変わらず細くて、胸もペチャンコだが、胸と背中にしっかりと筋肉がつき、背筋が伸びたので、洋服の見栄えがするようになった。ウエストは腹斜筋がついて、細く引き締まり、ぺちゃんこだったヒップは丸みを帯びて上にあがっていた。何よりも子供っぽかった顔つきが精悍になり、眼の輝きも違ってきて、野心を秘めた、魅力的な顔になった。
原口とカメラマンは、ぜんぜん違うと絶賛した。モデルをのせて、いい写真を撮るやり口なのだとは分かっていたが、チエミは気分良く撮影された。
原口は使った洋服をプレゼントしてくれて、また機会があったら撮影させてくれと言った。
「運動は、続けることだ。退屈でもなんでも、差をつけるにはそれに耐えるしかない」
「今回のことでそれがよく分かったわ」チエミは言った。
「似合いそうなものがあったら、これからも教えてあげるよ」
「ありがとう、ぜひアドバイスしてください。でも自分で買います」
チエミのファッションはどんどん変わった。キャバ嬢風のドレスはあまり着なくなり、適度に襟ぐりが深く適度にスカートが短く、身体の線が見えていて、派手であれば何でもいいのだと考えて、自分に似合う洋服を買うようになった。雑誌に出たので自信がつき、ブティックに行っても物怖じせず、何着も試着だけして出てくることも平気になった。
当然、これには金がかかった。しかし原口が選んだドレスを着て出勤したとき、客のウケは全然違った。「うわー、どうしたの、エリカちゃん」とママにも同僚にも言われ、あの綺麗な子はエリカなのかというので指名がついた。着るもの一つでこれだけ違うのなら、投資を惜しむわけにはいかなかった。
チエミがファッションを変えてから、一段上の常連客がつくようになった。彼らはチエミと同伴してくれたし、店でもけちくさいことはしないし、店が終わったあとに寿司や焼き肉を食べさせてくれた。もともと資産家の、汲めども尽きぬあぶく銭を生み出せる家に生まれ、金がないという状態を経験したことがない。どんな世の中になっても、ある程度の線から生活が下がることはない、堅実さを持ち合わせている。遊び慣れていて、退屈なキャバ嬢には満足せず、いつもこれはと思う女を探している人種なのだった。面白くないと思われると、すぐにチェンジされてしまう。
チエミは今まで以上に彼らには気を遣った。何が好きなのか、どういう仕事なのか、何が心配で、何が嬉しかったのか。何を言えば喜ぶのか、何が気に障るのか。どういうことに興味を持っているのか。チエミは一生懸命に考えた。世の中にある、人間のタイプ分けをいろいろと勉強し、自分にはとうてい想像できない金持ちの心理を理解しようとした。
何よりチエミはいつも生気に満ちあふれていなくてはならなかった。休んだりすればたちまち給料から10万円引かれてしまうというムチャクチャな世界だったし、弱い者に同情するような場所ではなかったからだ。それに客も、若くて気力に溢れた女を見たがっていた。チエミは健康には人一倍気を遣った。
金の出入りは多くなったが、結果的にチエミは年末には100万円貯めていた。今や月収が100万円になろうとしていたのだ。
その成果があって、ある日客から「エリカちゃん、銀座行きなよ」と言われた。最近、六本木と渋谷からスカウトが来たのだが、次は銀座だと思っていたので、断ったのだ。ホステスを始めて1年目のことだった。客は、自分が行きつけの銀座の店に話してくれて、チエミは銀座7丁目の中堅どころのバーに移ることになった。