ら・ふろらしおん(仮名) 5

民宿でもこれよりはまだ近代的じゃないかという、洗面台すらない4畳半の和室に押し込められ、私は苦笑いした。ここで、私は外資系の会社のディレクターで、英語もペラペラ喋れるし、立派な学歴の持ち主なんだ、なのにこの部屋ななんだ、なんて威張ってもしかたがない。一泊5000円台に惹かれて予約をしたのは自分なのだ。
とにかく大浴場に行ってさっぱりと化粧も落としてしまおう、どうせここの夕食なんかに化粧している必要はないと考え、タオルを持って部屋を出た。
建物が大きかっただけに、私がいる2階にも、大浴場のある3階にも、たくさんの部屋があった。どうやら、2階は民宿4畳半共同トイレのタコ部屋で、3階には、写真にあったアンティークの部屋があるらしい。特等船室と3等船室ぐらいの差があるわけだ。
しかし同じホテルの中に、趣向を凝らした部屋と、なんの風情もないタコ部屋を用意するという戦略がわからない。私みたいなのがだまされて来ればいいということなのだろうか。でもその客はもう二度と来ないではないか。そういうことでいいのか?
しかし物音や出会う人から見て、今日は満室のようだった。さすがに春休みの土曜日だ。こんなので満室になるのだったら、あちこちで商品が売れなくて苦労している人たちは、羨ましくてたまらないだろう。
大浴場は、展望風呂と命名されていたが、湯船のところが天井も窓もガラス張りになっているというだけで、洗い場は4つしかない。満室だから洗い場がなかったら困るなあと思う。しかもこの大浴場にも洗面設備がないのだ。いったいどこで歯を磨けというのか、便器が一つしかない共同トイレなのか。
とにかく風呂に入ってしまうと気持ちがさっぱりしたので、私はさっさと布団を出して敷き、うるさい家族連れかカップルが隣に来ないように祈りながら、持参した本を取り出して読み始めた。なんたって、会話が丸聞こえというくらい、壁が薄いのである。隣でセックスが始まったらどうしようと思った。