ら・ふろらしおん(仮名) 2

多くの田舎の駅がそうであるように、安房鴨川の駅前にも何もなかったが、運良く巨大なジャスコが目に入ったので、最悪が予測されるホテルに行く前に腹ごしらえをしようと考えた。「ワンカップ大関」の隣では食事をする気にならなかったのだ。しかし空腹では「ら・ふろらしおん」と戦えない。
午後3時にこんなに閑散としたスーパーを見たことがないというくらい、ジャスコには客がいなかった。それでも6階建てぐらいで一大ショッピングセンターとなっており、一階には喫茶店があった。私は一番失敗がなさそうなピザトーストとアイスティーを注文して、一息ついた。特にまずくない。全然、問題ない。おかしな味つけの駅弁を食べるよりずっと良かった。
マスター一人でやっている店で、たいして客も来ないから十分なのだろう。長髪が禿げ上がってしまったという、ちょっとした妖怪づらだったが、愛想よく話しかけてきてくれた。
「お帰り?」
「いや、これから」
「そう、この時期、混んでて大変でしょう。どこに泊まるの?」
「『ら・ふろらしおん』っていうんだけど」
マスターは少し考えて「ああー、あの丘の上にあるやつか」と言った。
「どうなの? 評判は」私は聞いてみた。
「え、知らない。どうなんだろうね、あそこに泊まるって言ってた人はいなかった。お車ですか?」
「電車で来たから、バス停から6分って書いてあるんだけど」
そのとき、年配の白人女性が入ってきて、「ヘロ−」とカウンターに座り、煙草に火をつけた。マスターは黙ってレモンスカッシュを出した。常連らしい。年取った白人らしくでっぷりしているが、堅太りで、動作は鈍くない。
「ねえ、『ら・ふろらしおん』って、あの丘の上にあるやつ、バス停からどのくらいかかるだろうね?」マスターが彼女に聞いた。
「いや、あれ、坂。急な坂。歩くの、たいへん」彼女は煙草を吸いながら言う。
「6分ってことないよね」
「ないない。無理。坂ずっと上がっていく」
「そうですか。じゃあ私、タクシーで行きますよ」私は言った。知らない場所で山道を登るなんて、そんな心細いことはできない。
「ああ、私、家行く途中から。送っていってあげる」私が知らない人の車に乗るのかと心配そうな顔をしたのを見て取って、彼女はさらに続けた。「私、鴨川シーワールドのホテル、勤めてる」
「ああ、そりゃいいや、送ってもらえれば」
「あそこ、料理、フランス料理とかいって、宣伝してる。おいしいかどうか、知らない」彼女は言った。
彼女が3本目の煙草を吸い終わるのを待って、私は見知らぬ白人女性の車に乗せてもらうことになった。不用心であるが、彼女の買い物カートをさりげなく見たところ、食器洗い機用の洗剤と、シャワートイレ用のトイレット・ペーパーが入っていたので、そこそこの暮らしをしている女性であると思ったのだ。