オンライン小説「格差社会」18

渋谷の店では一月働いて手取り50万円、歌舞伎町では時給があがり、若干、同伴出勤や指名の手当が入り始めたので60万円を超えた。しかし出費も多く、3ヶ月で20万円残すのが精一杯だった。
出費は、チエミのいわゆる「武器」を調達し、磨くためで、必要な投資だと考えていた。まずチエミとしては自分が初めて持っ城である6畳+3畳の木造アパートの部屋を整えたかった。カーテン、カーペット、テーブル、ドレッサー、棚などを、インテリア雑誌を立ち読みしながら出来るだけ安く、くつろげるように整えた。台所道具も最低限買った。外食は高くつくし、身体を壊すので、できるだけ自炊しようと考えたのだ。あの痩せこけた女のようになりたくなかった。
しかし何よりも金がかかったのは、ファッションだった。少し有名な美容院でヘアーダイとパーマをかけてもらうと、2万円とんでいった。化粧品も靴もアクセサリーもバカにならない。何よりも大変なのは衣装だった。ワンピースなら一着が3万円はする上、毎日違うイメージを作る必要があるから、数が必要だ。しかしここでケチっては客がつかない。
チエミはファッション雑誌を大量に立ち読みして研究し、テーマ別にノートを作った。たとえばアクセサリーでいま話題の店、価格帯、セールの時期などを書き込んでいった。予算を立て、ワードローブ計画を練ってから買い物に行き、必要なものを買うと、他のものは絶対に買わずに、見るだけで帰った。
しかしどうしても田舎者の若い自分が考えるファッションには限度がある。チエミはいまの自分のキャバ嬢としてのレベルを、歌舞伎町で中ぐらいと冷徹に判定した。スカウトは歌舞伎町の格下の店から1回来ただけだ。もともと身体が魅力的なわけでもなく、顔も美人とまでは行かない程度だから、中ぐらいまで行けただけでも「自分を褒めてあげたい」というやつだろうか。しかしチエミはこんなことで自分を褒めるような人間ではなかった。もっと高いレベルを目指していたし、そうでなくては1億円は貯まらないのだ。
しかし運良く、ある客と出会って、チエミのファッションはグレードアップした。あるときチエミは客のなかに明らかにゲイとわかる男がいるのに気がついた。三十歳ぐらいで、サラリーマンではなく、マスコミか、ファッション関係のように見える。ゲイだと思ったのは、着ているものはすべて、襟の折り返しも、天使が殺される意匠のネクタイの位置も、ズボンの丈も、一ミリの狂いもなくあるべき所にあるからだった。薄めにたくわえられたあごひげも、美しく整えられていた。何よりも手がきれいだった。爪も指も、毎日30分ぐらい手入れしているように、繊細な美しさだった。そしてひどく退屈そうな顔をしていた。
キャバクラにゲイが来ることはほぼあり得ないので、チエミは興味を持ったが、ちょうど運良くヘルプで彼の隣に座ることができた。男は出版社の仕事仲間に無理矢理連れてこられたようだった。チエミは男にささやいた。
「退屈ですか」
男はびっくりしてチエミを振り返った。
「え、まあね。でも平気だよ。我慢するのは慣れてる」
「あら。じゃあ私と楽しくお話しましょうよ」
「そうだな」男はチエミをまじまじと見た。「わかるの、キミ」
「エリカよ。わかります。でもそんなこと、どうでもいいことよ。ねえ?」チエミは答えた。