オンライン小説「格差社会」15

初日にいきなり延長や場内指名が取れたのは、ビギナーズ・ラックというものだった。顔もルックスもそこそこのレベルでしかないので、いきなり人気者に躍り出ることは不可能だ。じっくりと男たちの歓心を買うように努力するしかない。それに知性を隠さなくてはならないというのに苦労した。絶対に素を見せないように気をつけて、「バカすぎないけど、ちょっとバカな可愛い女」の線を貫くように考えた。しかし相手は酔っ払っているので、少し注意を払えば、だましておくのは難しくなかった。
酒に酔った男というのは、例外なくすべて、みっともないものだということを、チエミは改めて思った。赤い顔をした彼らのアタマにあることは、「やれるか」ということだけなのだった。年齢も関係ない。どんなに知的な職業であろうと、どんなに倫理レベルの高いとされる職業であろうと、関係ない。評論家とか銀行員とか教員で、タチの悪い客が何人もいた。また、どんなにイケメンであろうと、謹厳実直な外見であろうと、関係ない。キャバクラに来るすべての男は、酔ってしまうと、単なる「スケベ」でしかないのであった。
しかし欲望が叶ったとしたら、男は次のターゲットに向かっていく。客と付き合ってしまって、2,3回で他の女に乗り換えられている女がよくいた。数回で飽きられる程度の女でもあるけれど、できるだけ沢山の女とやりたいというのが男の本能なのだから、キャバクラで成功しようと思ったら客と寝てはいけないのだ。だからチエミはその「スケベ」の欲望を叶えさせず、しかし冷却もさせずに、うまくすり抜けて行かなくてはいけないのだ。いつかは「やれる」という希望を持たせつつ、通ってもらわなくてはならない。しかし、しつこくて恥知らずな男を相手にする時は、なかなか難しい。
「私、人を好きになるには、3ヶ月ぐらいかかるの」
「私って、男の人と深い関係になるの、こわいんだよね」
いろいろ言い訳を考えた。
この渋谷の店は1ヶ月ぐらいで辞めるつもりだった。若くて金に余裕のない客が多く、なかなか稼げないし、女の子もたいした座談の才もなく、見習うべきものがない。
だから3ヶ月と言っておけば、ある日気づいたら辞めていたという寸法だ。
もちろん、露骨に部屋に行きたいとかホテルに行きたいという手合いばかりではないので、そういう客とは連絡を絶やさず、次の店にも来てもらうつもりだった。
とにかくキャバクラという場所はいかに客を幻惑するかがすべてだ。大量のシャンデリアの明かりと暗めの照明をうまく使い分けて、女の子の顔の欠点は暗い照明の下で目立たないようにする。大量の切り花、キラキラした内装とシャンパングラスに当たるシャンデリアの光、化粧と髪型に工夫を凝らし、華やかなドレスをまとった女、その中で酔った男たちは幻惑され、正気を失い、金を使う。
チエミは入店してすぐに、自分ももっと幻惑術を磨かなくてはならないと思った。もっと垢抜けた化粧をして、自分の欠点を隠し長所を強調する服装をして、話術も磨かなければ、素材だけでマリリン・モンローというわけにはいかないのだから、金は稼げない。美由紀に教えてもらったことは、現在の東京では少し時代遅れなのだということに気づいた。