ジミー・ペイジIt might get loudとSwinging London

埼玉県立近代美術館という、北浦和駅のすぐそばの公園の中にある、なかなか素敵な美術館で、ジミー・ペイジのステージ衣装の展示が行われている。正確に言えば、『Swinging London』という、1950-70年代のロンドンを中心とするファッション、ライフスタイル、音楽の展示なのだが、その中にジミー・ペイジが貸してくれた衣装が含まれているのである。
私は17歳の時から、死ぬほどジミー・ペイジが好きだった。今は白髪の山崎努みたいになったけれど、それでもいい。何が好きかって、ルックスであり、ギターであり、生き方であり、すべてである。私は彼に憧れ、崇拝し、彼のように生きたいと願い、彼の痕跡で手に入るものは、できるだけ手に入れてきた。
レッド・ツェッペリンが解散してもう20年以上経つ。いまだにレッド・ツェッペリンで商売しているジミー・ペイジは何なんだ、と思わないでもない。でも、彼にとって、たぶんあり得ないほど神々しい時代だったのだろう、だからいろんな形で振り返っては商売してしまうんだろうと思うことにしている。そうでなければジミー・ペイジはただの守銭奴である。
なにしろⅣを出したあたりのレッド・ツェッペリンはすごかったんだろうと思う。ステージのビデオを観ていても、私がファンだというのをどれだけ値引いても、ジミー・ペイジは神様か悪魔か、みたいに見える。完全にその場にいる何万人という人間の心を掌握している、という感じである。どっかの教祖みたいなのだ。
そんなわけで、今日ははるばる、小田原から北浦和まで出かけてきた。展示そのものはどうってことはない。あの頃のジミーの、派手なステージ衣装が飾られ、映画「欲望」のヤードバーズ出演シーンが繰り返し流されているだけである。しかし私としてはそれを見るだけで、一気にまたジミー・ペイジの世界に引きずり込まれるのだ。まったく、ファン心理というものは!
それで帰宅してから、ジミーと、エッジ、ジャック・ホワイトが出演しているIt might get loudを観た。これはエレキギター好きにはたまらない映画だ。どんなに魅力的な楽器で、それがジミーやエッジを魅了してやまなかったかが、よく分かる。彼らは全身全霊で、この楽器を愛してきた。「女性みたいにさ」とジミーは言うのである。うー、というのはファンの唸りである。
この3人は世代が違い、ギターとどう関わってきたかも若干違うので、面白い。ジミーは才能に溢れ、エレキギターによってそれを開花させることができた。ひたすらギターを弾くことを「本当に楽しんだ」。エッジは、もちろんギターに希有な才能を持っていたが、どちらかといえば、アイルランドの惨状と人間世界の残酷さに立ち向かう手段として、ギターによる音楽を選んだ。そしてジャック・ホワイトは、凡庸さと貧困から抜け出すための手段として、ギターとの格闘という道を選んだのである。彼は本当にギターを血まみれになって弾くのだ。
まあ、3人見比べて、全員すごくイイけれども、やっぱりジミーの「楽々、何でも乗り越えちゃう」ところ、決してstruggleせず、うまく手なずけてしまうスマートさ、が私は好きだ。「いつか、ギターを弾くには歳を取りすぎたという日が来る。でもその日は遠く、遠くにあると思い込んで、見ないふりをしている」という言葉が寂しかった。いつかはジミーも、死ぬんだな。