オンライン小説「格差社会」43

日曜日の昼からチエミは篠崎とベッドにいた。チエミは健康な十九歳の女性だったので、ひとたび性の欲望に火がつくと、きわめて自然にそれを貪った。終わるとシャワーを浴びたり、ワインを飲んだり、軽く食事したりして、またベッドに戻っていった。そんなことを何回も繰り返した。何の陰湿さも、罪悪感もなく、ただ二人が近くにいて、触れあったり、それが性行為につながっていくことを愉しんでいた。
夕方になり、さすがに篠崎が限界に達したので(チエミのほうは、全然平気だった)、二人で外食することにした。篠崎はもう料理をする元気もないと笑った。身支度をして外に出ると秋の気配が漂う夕暮れだった。
近くの老舗の洋食屋で食事をしながら、チエミは聞いた。
「来年も、N大学で教えるの」あまりこういう質問はしたくなかった。しかし、もう聞いておかなくては、心配でたまらなくなってしまいそうだった。
「分からない。テキサス大学で、教えないかという話がある」
 チエミの顔が曇ったのを、篠崎は気付かないふりをした。
助教授になれるかもしれない。そうしたら、ずっと勤められる」
「N大学は非常勤だものね。不安定よね」
「ああ。それに非常勤だと、差別がすごい。何の発言権もない」
「そう、じゃあテキサスのほうがいいわね」
「勉強する環境としてもいい。チエミさんも、遊びに来たら」
 その言葉で、チエミは篠崎が自分を一時的な関係としか思っていないことを知った。
「あたしって、セックスフレンドかしら」
「そんなふうに言わなくてもいいんじゃないの。ただ、友達で」
「セックスもする友達。あのね、女ってそんなふうにスポーツみたいに、セックスできないんだけど。だから下手なんじゃないの?」
「僕はチエミさんはいい友達だと思ってるんだ。もちろん、好きだ。でもね」篠崎は言った。「僕は前妻と、二十年間一緒にいた。僕がテキサスの大学に着いてすぐ、出会ったんだよ」
「そういう存在には私はなれない」
「チエミさんは若いからね。僕はもう四十歳を過ぎている。僕はずっと前妻とアメリカで生きてきた。どう、あまりに違いすぎるんじゃない」
「だったらなんで、セックスするの」チエミは自分が水商売の女にあるまじき、身も蓋もない会話をしていると思ったが、聞かずにはいられなかった。
「やりたいからだよ。それに理由をあまりつけないほうがいいんじゃない。二人ともやりたかったんだから、やったらいいじゃない」
 チエミは絶句した。篠崎の言うことは、おかしくない。ただ自分は、篠崎に恋をしてしまった自分は、それを受け入れたくない。
「離婚したあと、アメリカではさんざん、未亡人の相手をしたけどね。向こうはもう、飢えちゃってたいへんなんだ。でも健康な人間なら性欲があって当然なんだからね」
「私はあなたが好きだから、やりたいんだと思いました」
「僕もチエミさんが好きだよ。だからそれでいいんじゃない」