オンライン小説「格差社会」22

翌日からチエミはフィットネスクラブの会員になり、毎日1時間のトレーニングを自分に課したが、このために非常に忙しくなった。
水商売などしていて、店は7時ぐらいからしか開かないのだから、昼まで寝ていられて、ヒマなのだろうと客にはよく言われる。「そうよー、けっこう寂しいの」などと答えているが、実は全然ヒマではない。
チエミは日常生活はおろそかにしないことにしていた。小田原の両親のように、食べてさえいればいいという生活が、いかに人のやる気を根元から損なうか、知っていたからだ。毎日掃除をし、洗濯をし、買い物に行って、料理をした。その中で、雑誌や本で得た情報から、ありとあらゆる工夫をした。どうしたらストッキングは長持ちするのか。どうしたらシンクの汚れは洗剤を大量に使わずにきれいになるのか。そういう、お金と時間の節約の工夫である。使える情報もあれば、使えない情報もあった。
それからお客との話題づくりのため、新聞を読み、図書館に行って雑誌を読んだりする。インターネットも使うが、散漫になりがちなので、テーマを絞って調べる。
情報収集では、ファッション雑誌も欠かせない。本屋で立ち読みしたり、雑誌を置いている喫茶店に入ったりする。服と靴だけでなく、メイクについて、ヘアについて、ネイルについて、流行を感知し、自分に合うか考え、どうやったら楽に、安く買えるかを考える。
それから客に携帯メールを打つ。絵文字なども多少入れて、可愛らしいメールをつくる。書きためておいて、午後2時すぎに一斉に送るのだ。午前中からキャバ嬢がメールを打ってくるというのは、「がっついてる」感じであまり印象がよくない。返事が来たらもちろん30分以内に返信する。
ネイルサロンとヘアサロンは2週間に1回のペースで行く。エステサロンには脱毛のために行っている。まだフェイスやボディまでの金銭的余裕がない。
もう一つチエミが始めたのは、投資に関する無料の講習会を探して出席することだった。年末までには100万円は貯まると試算していたが、それは目標の100分の1でしかない。そんなペースで稼いでいたら、死ぬまでかかってしまう。
収入を上げる努力をするとともに、お金をどうしたら殖やせるのかを知らなくてはならないと思った。というのも、キャバクラに来る客たちは会社の金を使っているか、そうでなければ「あぶく銭」を持っている者ばかりだったからだ。アパートを持っている、駐車場を持っている、株で儲けている、会社を持っている。そんな話ばかりだった。