オンライン小説「格差社会」21

スタジオに戻り、原口の見たてた服を着て、スタジオ所属らしいヘアメークがメークした。鏡に映った自分は、まるで、ファッションモデルのようだった。ファッションモデルを専門にしている人間たちが手をかけたのだから当たり前だが。
原口は鏡の中のチエミを見つめ、カメラマンはファインダーを通してチエミを見つめていたが、ほとんど同時に言った。
「似合うけど、足りない」と原口。
「似合うけど、これじゃ雑誌に使えない」とカメラマン。
そうだ、それはチエミも、なんとなく感じていたことだった。何かが足りない。身体が貧相なのだ。
「痩せすぎだよ。脚はまあきれいなんだけどねえ」
小田原高校は山の頂上みたいな場所にあり、急坂を毎日15分も登って、降りなくてはならなかった。だから脚は鍛えられた。身体も丈夫になった。だがチエミは運動部に興味がなかったから、筋肉がほとんどなかった。そして食生活が貧弱だったせいで、女らしい肉付きもなかった。
「ちゃんと食べてる? とろとか、ステーキとか、若い娘が食べるようなもの、食べないとだめよ」
客に誘われて、同伴前や閉店後に寿司屋やレストランに食事に行くことはあったが、チエミはあまり食べなかった。食べることより、一緒にいる客にいかに気に入ってもらうか、いかにだまされずに金をつかわせるかを考えるだけで必死だった。倹約を心がけているから、外食に出ることもない。家でアルミ鍋で安い野菜や魚を煮たり、安いもやしと安い肉で野菜炒めをしたりして食べていた。
「そういうもの食べて、贅沢して、いい身体になるんだよ。今は若いから、肌に艶もあるし、見られなくはない。でも25歳過ぎたらもうカラからになっちゃうよ」原口は言った。「あとは運動。細くていいから、もっと筋肉つけなきゃ。いまエリカさんが自慢できるのは、脚だけ。あとは鶏ガラみたい」
「運動って、フィットネスクラブなんかに入ってですか」
「なんでもいいのよ。ランニングでもいいし。でもジムが一番身体に筋肉つけるには手っ取り早いだろうなあ。そういう自己投資を惜しんじゃだめよ」
結局、その日の撮影は保留になり、1ヶ月後に再挑戦することになった。
「金つかったんだからさ、雑誌に使えるようになってよ」原口は励ましとも脅しともつかない口調でチエミの肩を叩いた。