オンライン小説「格差社会」11

美由紀は錆だらけのRX−7でチエミを巨大ドラッグストアに連れて行き、約三万円分の化粧品を二時間かけて買わせた。工程順にいくと、洗顔クリーム(「まだ若いから安いのでいいけど」)、化粧水、乳液、下地クリーム、異なる色のクリーム・ファンデーションを三種類、単色のアイシャドーを五種類、チーク2種類、眉ブラシ、眉墨、毛抜き、唇の下地クリーム、口紅三種類、リップグロス、クレンジング・クリーム。
「水商売メイクと普通のメイクの違いは、アイメイクだね。これをばっちりやっていれば、チエミちゃんもちゃんとその世界の女に見える」チエミが根性を見せたので、チエミちゃんに昇格した。美由紀はペンタイプのアイライナーと、つけまつげ、マスカラ二種類をカートに入れた。
「あんたは目が大きくて唯一のチャームポイントだから、いっそつけまつげをつけちゃいなさい」 
同じドラッグストアで、これら大量の化粧品を収納するメイクボックスと、派手めのストッキングを大量に購入し、次は横浜に向かった。
地下街のキャバ嬢ふうドレスが置いてある店は素通りして、少し色や飾りが派手なティーンズ向きのブランドに入った。
「衣装は、貸してくれるから、最初のうちはそれでいいよ。いろいろ見てるうちに、自分はこういうのが着たいとか似合うとか分かるから、いま買わないでさ。でも面接行くときは、それなりにセンスのある子だと思わせないと、採用してもらえない。面接はルックス九割だから」
「あとの一割は?」
「普通の会話ができるか、アブナイ女じゃないか、ぐらいだね。だから採用されるわよ」 
スカート二枚、トップス二枚、季節感がなくて三シーズン着られるレザージャケット一枚、ラインストーンのついたストールを買った。どのアイテムも何回も試着したあげくに選び抜いた。
「ああー、最低限だなあ。でも他にも買うものがいっぱいあるし」美由紀は楽しそうだ。二人で喫茶店に寄って、パフェをごちそうになった。実はチエミはパフェを食べたことがなかった。喫茶店に入ったのもこれまでの人生で数えるほどだ。
「あんたはさ、『こんなとこにこんな子がいていいのか』みたいな違和感を漂わせるといいと思うんだよね。なんとかしてやりたい、という保護本能をくすぐる路線よ。でもあんたが一月に百万も稼ごうと思うなら、客は日常じゃないウツクシイ世界を求めて来ているから、それなりにウツクシクないとダメ」
「その、ウツクシイって皮肉っぽく言ってるのはどうして?」
「そんなものは嘘だから。嘘だから、作りあげることができる。あんたでも、なれるよナンバーワン・キャバ嬢。うまくやれば」
「ナンバーワンになるには何が決め手なのかなあ」
「それはね。どんなタイプの客でも、喜ばせられるってことよ。基本はね、接客がちゃんと出来ないとダメだし、お話が上手くないとダメ。好き嫌いなんてとんでもない。客はみんな、お金なんだって思って、尽くしなさい。心の中でどんだけバカにしてもいいけど、お客として相手にする時は、感謝して、一生懸命話を聞いて、褒めて、ふさわしい合いの手を入れて、勉強してその人の仕事を少しでも理解するようにして。絶対に批判しない。あたしぐらいになっちゃうと、批判しても面白がって聞いてもらえるけど、あんたは若いから絶対ダメ」 
批判精神が旺盛なチエミは、大丈夫だろうかと思ったが、「いや、相手はお金なんだ、人間じゃなくて」と思うことにした。
「それでね、とにかく自分を安売りしちゃいけない。ミステリアスで、心を許さない部分があるんだけど、だけど心をこめて優しく尽くしてくれる。これでどう?」「どうって言われても」店がどんな雰囲気で、他にどんな女がいるのかもわからない。美由紀みたいな海千山千の女がたくさん出てきて競争するのでは、とてもかなわない気がする。
「ああ、他の女のことは気にしちゃダメ。それぞれスタイルを持ってキャーキャー騒いだりしてるだろうけど。適当に調子を合わせるだけでいい。同じことをやろうとは絶対に考えないでね。似合わないよ」 
そのあと靴一足と、バッグを買うころには、二人ともヘトヘトになった。結局、十五万円近くを使っていた。荷物は美由紀の部屋に置かせてもらった。両親に見つかったら何をされるか分からない。