オンライン小説「格差社会」10

チエミはバイトを三ヶ月続けた。若干のハプニングはあった。居酒屋の店長がしつこく誘ってきて、帰りに待ち伏せされたりした。それを見ていた同僚の大学生が「チエミを守るんだ」と言い出し、一週間ぐらい帰りに送ってきた。かえって迷惑だったが、断りもせずにいたら、一週間目にそいつが帰り道でキスしようとした。チエミはビニールのバッグでそいつの頭をぶん殴った。その翌日から彼はバイトに現れなくなった。
だがチエミはどうしてもそういった出来事を真剣に考える気になれなかった。自分はここに居るべき人間ではないという意識が強烈にあったのだ。東京に行って、一億円貯めて、金のなさに制限されずに自分のなりたいものになるのだ。それだけが努力もせずいい地位に就いていく同級生たちを見返す唯一の道だった。
しかしバイトに来ている若い男女が、先を争うようにつきあって、くっついていくのには、ちょっと呆れた。あっという間にカップルができあがってしまうのだ。三日もすればラブホテルに行っている。
コンビニも居酒屋も、店長は常に二人ぐらいのバイトとつきあっていて、新入りの女はとりあえず口説いてみる。「そんなことでもなきゃ、やってられねえよ」奇しくも二人は同じことを言った。「給料は安いし、仕事はきついし、客は文句しか言わないんだからな」 
しかしそうやってくっついていく男女の将来に何があるかというと、チエミにはどうしても、希望があるようには思えないのだった。だって、コンビニでバイトをしているフリーターと、偏差値の低い大学の学生が、手近なところでくっついて、いったいどの位金が稼げるというのだ。たとえ二人が真面目に懸命に働いても、チエミの父親のように理由もなく失業してしまう。歳をとればとるほど就職は難しくなり、生活は苦しくなる。子供でもいたら最悪で、妻が働けなくなるから、いよいよじり貧だ。
金だけじゃないよ、世の中は、なんて言葉はチエミは絶対に信じない。愛情も才能も、金がなければ話にならない。 
三ヶ月後に六十万円の入った郵便貯金通帳を手にして、チエミは美由紀を訪ねた。「あらー、久しぶりね。どうしてたの?」
「お金、貯まったから。美由紀さん、お化粧教えて」 美由紀はチエミの根性に感心してくれた。商売柄もあるだろうが、本当に「すごい、すごい!」と喜んでくれた。チエミは美由紀が好きになった。両親は貧しいからチエミを余分な口としか見なかったし、自分の存在を喜んでくれた人間は今まであまりいなかったから。