オンライン小説「格差社会」9

美由紀から教わったことで一番実地の役に立ったのは、メイクのしかただった。チエミは、真面目に思い詰めた顔をしたやせっぽちだ。目が大きいのだけが取り柄だが、知性が宿っているので、かえって水商売には邪魔である。このままでは到底東京のちょっとした店には入れない。
錦糸町でピンクやるんなら出来るだろうけどさ、おもしろ半分に雇ってくれるよ」
「いやー、六本木ぐらいは行きたい」そう言うと、美由紀はチエミの顔をのぞき込んで
「化粧品だって、タダじゃないんだよ。あたしはあんたにクッキー出したりしてるけど、お金のかかることはそこまでよ。自分で買いなさい。何を買ったらいいかはあたしが教えてあげるから」
「はい」
アルバイトをしようと思った。どうせ学校は暇で、行っても行かなくても、卒業できるのだ。
「いくらぐらいあればいいですか」
「いくらってね、あんた」だんだん言葉がぞんざいになってきた。「卒業したら東京行って、店の面接受けるんだろうけどさ。住むところも要るよ。洋服だって、少しは買わないと」
「寮とかがあるんじゃないんですか?」
寮託児所完備、などとよくキャバレーの求人広告に書いてある。
「だめだめ。寮なんかに入ったら、すぐ黒服にやられちゃって、生活が乱れて、そのうちクスリでも打たれたらどうする」
「やられないですよ」チエミは笑った。
「何言ってるの。集団で来るのよ」
本当だろうか、いくらなんでもとは思ったが、もしかしたら美由紀にはそういう経験があるのかもしれない。
「じゃあ、アパートを借りるとして、五十万円は用意しなさい」
五十万円なんて大金、見たこともない。うちは夫婦で二十万円稼いでいるんだし、自分は夏休み一ヶ月半で五万円稼いだ。五十万円貯めるのに何ヶ月かかるのだろう。 
チエミはとりあえず長時間働こうと考えた。学校にはほとんど行かず、浪人生と偽った履歴書を作って(どこも真剣に履歴書をチェックしなかった)、朝八時から三時までコンビニのバイト、五時から十時まで居酒屋のバイトをした。
時給はコンビニが八百円で、居酒屋が千円。ありがたいのは昼食はコンビニ弁当を、夕食は居酒屋の賄い飯をタダで食べられることだった。
母は毎日チエミが十時過ぎに帰ってくるので小言を言ったが、「バイトしてんの」「じゃあ、一万円家に入れなさい。家賃」で終わった。チエミは昔お年玉を入れるために郵便局に口座を作って、夏休みのバイトの収入を入れたりしていたから、そこに全収入を入れてしまい、母に一万円は渡さなかった。
一ヶ月やって、月の手取りは十八万円ぐらいになった。一日十一時間労働で、身体はきつかったが、何よりも働けばそれなりに金になることが自信になった。
でも、十一時間働いても十八万円だというのは、ますます水商売をやるしかないという動機になった。単純に計算したって一億円稼ぐのに四十五年かかる。そのあいだ、飲まず食わず、屋根も要らずというわけにはいかないのだ。