オンライン小説「格差社会」5

藤巻チエミの出勤前の身支度には、38のステップがある。シャワーを浴びてから、まず今日の衣裳を身につけ、汚れないようにケープをかぶる。スキンケアをしつつ、ドライヤーをかけ、メイクをする。安い女に見られないように、チエミはファンデーションでも口紅でも、高価なものを揃えていた。結局それが金を稼ぐ近道だと、美由紀が教えてくれたのだ。そのかわり試供品はたくさん要求してもらってくるし、ぜったいにムダにしないように気をつけている。
ハイライトはアイラインとつけまつげで、これを入れると人相が変わり、水商売の女として通用する顔になる。たった1本の黒い線とつけまつげでこうも劇的に変わるのにはいつも驚いてしまう。
メイクを仕上げると、客にプレゼントされたり自分で買ったりしたまだ数少ないアクセサリーから、ピアスやネックレスを選ぶ。ハンドバッグの中身を確かめる。ピンヒールの靴をはく。最初は慣れなくて痛かったが、もうピンヒールしか履かないと決めて1ヶ月ほどしたら、身体や歩き方が靴に合わせて変わったようで、どうにか慣れた。
チエミは東中野の木造アパートに住んでいる。6畳3畳キッチンという間取りで、7万円だ。初めて手に入れた自分の城に、チエミは厳重にカギをかけて、新宿の店に向かう。
親が教育にまったく関心がなかったわりには、チエミは成績が良かった。中学では学年トップを取って、地元の名門である小田原高校に進学した。しかし高校の勉強は難しくて、予備校に行かないと理解できないところが出て来た。クラスメイトは全員が予備校に行くか、就職組に入った。チエミには当然、予備校に行く金はなかった。それどころかバイトをしなければ、参考書を買うことも、私服を買うこともできなかった。
2年の2学期まではチエミは東大か一橋大に進学するつもりで、教師に質問したりしながら勉強したが、それでも成績は中の上だった。自分ではものすごく頑張ったつもりなのに、予備校に行っているクラスメイトが上位に入ってしまったことに、チエミは傷ついた。
もちろん奨学金をもらって、国立や公立の大学に進学することは可能だった。しかしそんなことをしたところで、結局は金のある人間が勝つのではないかとチエミは疑った。なんの苦労も知らず、チエミよりずっと根性も知性もない人間が、簡単に留学の計画を話したり、東京に瀟洒なマンションを買ってもらうと言ったりしていた。金があれば、どんな抜け道でも見つけられるし、どんな人とでも仲良くなれるのだ。